FC2ブログ

1049.jpg
以前、知人が、

画家から頂いたという本を

見せてくださったことがありました。

もう絶版というその本は

思いの外内容が濃くて

絶版でなければすぐに購入するのにと思い

残念な思いをしたことがありました。

勿論、古本屋を捜せば、あったのかもしれませんが

当てもなく探す元気はありませんでした。

先日本棚の整理をしていた時に

そのことを思い出し、

もしかしたら・・と

ネットで検索しましたら

やっぱりありました。

現代は欲しいものを捜す点においては

本当に便利ですね。

丁度その本が、昨日届きました。

25年近く前に出版されていたものなのでしたが

案外綺麗でした。

本当に良いものは時代が経過しても

価値は不滅なのです。

この本のことを思いだせたのは、

本棚の整理のお陰かと思うと

疲労困憊しながら頑張ったかいがあったと

只々嬉しい。



スポンサーサイト



haru2.jpg
春、目前の我が家の恒例は

春の大掃除。

これは年末の大掃除とは違い

必要に迫られた

場所確保のための掃除です。

主な場所は私のアトリエ。

入りきらない本棚から溢れた書物と資料。

これらを何とかしないと

新たに何か入れたいものができても

床に積み上げられることになる。

ではアトリエから外に出される物や

保管場所を狭められる物とは何か?

昨年一年、私の手が一度でも触れたか・

つまり必要とされたものか否かで

今年の配置が決まります。

今年はかなり大々的に配置転換しました。

頻度の少なかった書物は

勿論、別の部屋の棚に移すことに決めたのですが

全く不必要というわけではない物はどしようかしら。

例えば普段は使わないけれど

もしかしたら自宅教室の際に、

生徒の方の勉強のために、

取り出して使うかもしれないもの・・・。

移動場所をどこにするのかにも気を使いますね。・

それで、先ず場所確保ということで

移動先の部屋の本棚を見渡して

広く場所を支配している分厚いファイル数冊を

(実はもう何年も開いていないので)

どさっと処分しようと思いました。

きっと、その当時私が集めた切抜きやらで

重要度も低そうだらから。

ところが、開いてみますと

確かに重要度は低いのですが

捨てられませんでした。

なぜかと言いますと、もし捨ててしまったら

ワクワクしながら集めていた自分が

なくなってしまうようで、もうその頃を

一生思い出さないかもしれないと思えたから。

たとえ世の中では価値のないものでも

とりあえず捨てるのをやめました。

こんなことだから、毎年場所が足りなくなって

春の大掃除が必要になるんでしょ・・と

天からの声が聞こえてきそうな気がしましたが・・

代わりに別のものを捨てました。

紙は重たいですね・・

大きな市の可燃ごみの袋を、

パンパンに膨れるほどぎゅうぎゅう詰めにして

5袋も廊下に並んでしまいました。

そうそう今回ちょっとした発見がありました。

夕方5時になったら楽しい場所にお出かけしようと

計画を立てました。

気が遠くなるほどの大量の大移動。

床は、一旦棚から出されたもので埋め尽くされ

きっと途中で投げ出したくなりそう。ですから

出かけるまでに、必ず終わろうと頑張ったら

一日半でなんとか決着できました。

やればできものですね。私にも・・・

IMG_9085-1.jpg

毎年、私の教室に通ってくださる生徒の方の

作品をまとめてカレンダーを作っています。

わが家ではそのカレンダーを

毎日のように眺め

予定を書きこみ

そのカレンダーを見れば

自分が

どのように1年を過ごしたのかがわかります。

時々、昨年度、一昨年度、その前の年の

カレンダーをひっぱり出してきて

記録を確認するということがあります。

その時、出来事の日にちを確認するだけのはずが

つい、ペラペラと

カレンダーの他のページもめくってしまいます。

そうしていますと、時が経つのも忘れて

気がつけば、一人一人の生徒の方々の

頑張りの軌跡をたどるように

一昨年前、昨年と

教室での様子を思い出しながら

ここからのスタートが、

今ではこんなに素晴らしい作品を描かれて・・・と

感慨深く拝見しております。

涙・・・


IMG_9071-1.jpg

一度枯れてしまった梅。

春になると根元から

細い緑色の茎は

数本出ていることはあっても

花を咲かせる元気は

まだ・・・?

そう思いながら

根元の草を刈り

いつか咲いてね・・と祈る心。

春一番を告げるはずの我が家の梅。

ここ10年ほど、

蕾をみつけることは

有りませんでした。

そころが昨日

これは蕾?

小さな、小さな

ころりんとした蕾をみつけました。

IMG_9072-1.jpg

もしかして

この丸い5個ほどの粒も

蕾かしら。

何と嬉しい。

春は、人を喜ばせるために

あるのかしら。

まだ、庭の芝も冬色で、

これからだんだんと温かくなると言われても

信じがたい気持ちだったけれど

今、確かに感じられます。

生命の息吹。

私達は、少しづつの変化

静かに成長する姿に

勇気づけられ

感動するのですね。



IMG_4641-21.jpg

空と海と砂浜と

灯台・・・

毎日過ごす

御台所に飾りたいのだとか・・・

何度も海辺まで出向き

撮影して

こんな感じにしたい・・と。

素敵ね・・・

思わず そうつぶやいてしまいました。

その生徒の方は、

斜めの角度から

砂浜に寄せる海水の泡を捉えていて

その砂浜に

kitchenと指で描いた文字を入れたいとのこと。

実際に訪れた砂浜に

自分で描いた文字も写真撮影されていて

スケッチブックに下書きを

何枚も何枚も描いて

漸くこれで行くと

イメージが決まったよう。

心に描いた絵を描きたい。

生徒の方の想いを叶えたいと

私も一生懸命になりました。

毎朝、この絵を見て

『さ~、一日頑張ろう!』と思える

清々しい絵にしたいんですって。

次回から本番に入ります。

どきどき、でも心地よいドキドキです。

成功を祈る。

南蛮紅
昨日は、ボタニカルアートのレッスン日。

2年生3年生は、椿を描きました。

これは南蛮紅という獅子咲きの椿。

細かい小さな花びらが

久寿玉のように中央に集まった複雑な構造をしています。

どうやって描き始めたらいいの・・・

こういう時は、深く考えない・・・

『なんとかなるでしょ~』

十年以上眺め続けた庭木。

ですが、庭でぼーっと眺めていた時と違い

いざ描こうとしますと

どこから描き始めたらよいやら・・・と。

そうなんです。

どこから描き始めたらいいのか

まずそこで立ち止まてしまいました。

獅子咲きの花は

スタート地点が解らない。

花芯がどこにあるのか見当も付かず

どこまでも細かい花弁が

もこもこ、もこもこと膨らんで

増え続けたような花弁。

樹齢20年以上の椿によく見られることのようですが

花弁の並びは若木に比べ更に複雑さを増しているそう。

何とかなるでしょう~と思って

花の付いた枝を1本切り

家の中にもって入ってから私がしたことは

ただ眺めているだけ。

昼食いただきながらテーブルの端っこに置いて、

時々眺める。

家事の合間に、ちょっと近づいて眺める。

側を通った時に、ふと眺める。

眺めただけでその日は、おしまい。

次の日も、描き始めず

眺めました。

次の日は、花が落下してなくなりましたので

花を手に取って触りながら考えました。

そして一年経ちましたが、

描き始める勇気がなくて

眺めているだけでした。

ずっと以前から庭に咲いているのに

眺めているばかりの花。

物凄く大きくてに直径13センチほどもある花。

描き始めるのにこんなにも長くかかったのは

他にアジサイくらいかな・・・

今でも、『さあ、描き始めよう』と思った瞬間が

思い出せません。

憶えているのは

モクモクと、ただひたすら

無心で筆を動かした事だけ。

椿なのに、真冬でも鮮やかな葉は

威厳のある大きな花に見合う

大きくて先の尖った葉。

机の上には沢山の赤。

一つずつ試していきました。

花の色が決まった。

次は葉の色だ。

若葉のように色鮮やかな葉なのに

切れ味のよい刃物のような

鋭い葉先。

少しずつ完成に近づいていきました。

意外にも難しかったのは

花よりもガクの部分でした。

そのようなことを思い出しながら

久しぶりの椿のレッスンに

私の心の中でも我が家の椿が

開花しているようでした。

今はまだ固いつぼみです。

庭の南蛮紅が咲き始めるころ

それは牡丹が咲く少し前、

既に春を過ぎたころ

温かい季節なのです。






IMG_8921-1.jpg

今月の2年生、3年生ボタニカルアートは椿。

色々な椿の葉を観察してみました。

↑これは南蛮紅の葉。

冬場でも黄緑~緑と明るい色。

平たく大きいのですが

先がしっぽのように急にす~と尖る鋭さ。
IMG_8916.jpg

↑これは卜半(ぼくはん)。

小さめでとても細長く

赤い部分と黄緑の部分が顕著に表れる。

IMG_8922-1.jpg

↑これは出雲大社赤藪椿。

卜半より大きめだが

同じく細長く色は濃い緑。

IMG_8923-1.jpg

↑これは江戸椿の一つ

岩根絞りの葉。

真ん丸のスペードのよう。

赤みのある濃い緑。

IMG_8920.jpg

こんなにも違う椿の葉。

色も、形も違っていて

蕾の形も丸いもの、とがっているものと

個性豊かです。

けれど、中には

よく似た葉、よく似た花の

別の品種という場合もあるそうで

そういう場合の見極めには

新芽の頃だけに存在する

(その後こすれてなくなってしまうのだとか)

葉柄の毛が判断の決め手になることもあるそう。

葉も花もよく似ているけど

咲く時期が異なるという品種も有るとのこと。

咲く時期が違う別の品種が

葉も花もよく似ているなんて

不思議ですね。
















IMG_8914.jpg

ある書物を読んでいましたら

ジャガイモの歴史に関する部分があり、

以前、ヨーロッパのご家庭で

食事をいただいた時に

主食はパンではなく

ジャガイモだったことを

思い出しました。

朝も昼も、夜もジャガイモで

私が日本人ということで

お米を炊いてくださった日もありましたが、

パンは食べないのだろうかと、

少々驚きを覚えました。

パンは何処にあるのか?

何時食べるのかと思っていると

缶の中に5ミリほどにスライスして

保存用ということでした。

ナッツやそのままの小麦や干しブドウなどが

入った、固いパン。

日本のように湿度が高くないので

2~3か月ほど常温で夏でも

保存しておけるのだそう。

ちょっと小腹のすいた時に

つまむような保存食でした。

噛めば噛むほど味が出てきて

帰るころにはその固いパンの大ファンになり

帰国後も売っているところを探したほどです。

ヨーロッパの16世紀~19世紀半ばは

非常に寒かったようです。

作物が不作になり,人々は

飢饉、栄養不良という恐怖の時代だった。

この様な状況下でただ不安を抱えておらず

寒冷に強い農作物はないかと探され、

人々を救ったのが

南アメリカからもたらされた

ジャガイモだったということです。

けれど、食糧難であってもジャガイモは

始めから皆に受け入れられたわけではなかった。

なぜなら見栄えの悪い植物として

人々は食べようとしなかった。

ところがその後ジャガイモが見直される機会が

訪れます。

長く続いた18世紀の飢饉に、寒さに強く

荒れ地でも育つ上に栄養も豊富なジャガイモの長所が

見直されたのです。

貧者のパンと呼ばれ広く皆に食されるようになったのは

このような歴史があったようです。

私は15.6世紀よりもっとずっと以前から

ジャガイモは世界中で食べられていたと思っていました。

人々に受け入れられ世界に広まった歴史が意外と浅く

驚きました。

そして見栄えの悪い食物と嫌われたという点に

なぜか面白さを感じました。

私はポテトサラダがとても好きです。












IMG_90362019送付バージョン

2019年3月18日(月)に

名古屋 今池で リンゴの

ボタニカルアートセミナーを行います。

詳しくはーー>セミナー案内。

申込み、問い合わせ:銀座ソレイユ名古屋校
TEL 052-744-0451

サンーケイ セミナー案内訂正◆

画像だけが間違って他の方の作品の写真が

掲載されいました。

正しくはこのリンゴの作品です。

今回は初心者用簡単なコース、

上級者用細密画コースの

どちらかお好きな方を選べます。

講義は同時進行しますので

結局のところ

簡単な方を選んだ方であっても

細密画コースも両方選べます。

シアージュボタニカルアートの

カリキュラムにはない作品ですので

現在シアージュボタニカルアートを

学んでおられる方にとっても

新たな学びに繋がる内容です。

皆様の更なる技術向上に

お役立てていただけましたらと思っています。

また、初級のリンゴ作品よりも

バージョンアップした内容です。

今回は絵具の混色は

全てこちらで準備致しますので

お手軽です。

ステップバイステップで

丁寧に書いていきますので、

皆様の参加お待ちしております!